『にぎやかな天地』上・下
宮本輝 著
中央公論新社
2005年
浅草のアミューズミュージアムが3月いっぱいで閉館となりました。
閉館ぎりぎりの3月末、なんとか開いた時間を利用して駆け込むことができました。
お目当ては「BORO」…青森の山村、農村、漁村、で使われてきた、何世代にもわたってツギハギを当てられたボロと呼ばれている着物などです。
実際のものを見て触れて強く感じたのは、ただの布切れのはずが、湧き上がる息づかいのような、体温のような、不思議な「気」のようなものでした。
「死というものは、生のひとつの形なのだ。この宇宙に死はひとつもない」という文章で始まるこの小説は、豪華限定本を作成して生活の糧を得ている主人公の一人称で淡々と書かれています。
「日本の優れた発酵食品を、もうこれ以上のものはないというくらい丁寧に取材して後世に残すための書物」を作って欲しいと依頼された主人公が、発酵食品を取材しながら、自分の生い立ちや、将来のこと、家族、周りを取り巻く人々への心遣いなどについて思いをめぐらしていきます。
静かに進んでいく物語の要所要所で、登場人物が発する言葉が、どれもぐっと心にしみて沈殿していきます。
わたしが一番好きな言葉は、「そうやって必死で自分のなかから引きずり出した勇気っていうのは、その人が求めてなかった別のものも一緒につれて来るそうやねん」です。
そして、主人公が今、自分は勇気を引きずり出したと自覚し、その勇気がどんな別のものを連れて来るのだろうかと考える場面も良いなあと思いました。
「命の波の波動」という言葉はとてもわかる気がします。
「時間をかけずにぱぱっと」というキャッチフレーズについつい引き寄せられてしまう日常ばかりを送っているわたしにとっては、時間をかけた丁寧な暮らしにあこがれます。