カッテニカケハシ

 誰かと話をしていると,「ああ,この人にあの本読んでもらいたいな」とか「この人の考え方って,あの本に書いてあったことに似ているな」などと思うことがあります。

 そして,ぜひ,その人にその本を読んでもらいたいなと思うのです。

 そこで「カッテニカケハシ」と称して,その本をその人に持ってもらって,写真を撮ることにしました。

 それをきっかけに,その本を読むか読まないかはその人次第です。中には本を読むのは苦手という方もいらっしゃるでしょうから。

 だから私は自分勝手ではありますが,本の橋をかってにかけさせてもらいます。その橋を渡ってこちらに来てくださればもちろん嬉しいのですが,橋がかかってつながりができただけで,なんだか嬉しくて安心するのです。

 「カッテニカケハシ」を快く受け入れてくださった方,ありがとうございます。

 「カッテニカケハシ」をお願いした際は,どうぞ快くお引き受けくださいませ。

 「キッチン」

 吉本ばなな著

 福武書店,1988年

   勉強もしつつ、おしゃれもしつつ、アルバイトもしつつ、青春を謳歌している姪っ子に、かつて青春を謳歌していた叔母より、同様に青春を謳歌していた頃読んだ小説をカッテニカケハシしました。
 そのわけは、「ヨンダヨン(読後散文)」の同じ吉本ばななの作品『TUGUMI』の項にも書いたのですが…本の内容はよく覚えていないものの、確か電車の中で読みながら泣けてくるほど感動したはずの『キッチン』を、ひょんなきっかけで最近になって再読しようと思ったのに、いきなりイケメン登場で面喰い、読むことができなくなってしまって、登場人物と同じお年頃の姪っ子だったら、素直に感動できるのでは、と思い、「カケハシ」たのでした。
 携帯電話が存在しない時代の物語なので、ひょっとすると、思いを歌に詠んで届ける古典文学『源氏物語』を読むのと同じ感動を抱くのかも…などと、壮大な妄想もふくらみます。
 「カッテニカケハシ」なので、「読んだ?感想は?」などと野暮なことは今のところ聞いておりません。彼女の前ではカッコつけていたいおばちゃんは、食事にでも誘った席で、さりげなく(気になる恋のはなしとともに)聞いてみようかしらと思う間に、月日だけがどんどん過ぎて行っています。
 ところで、「カッテニカケハシ」した後に、意を決してもう一度読み直してみました。「イケメン登場」と書きましたが、正確には「…長い手足を持った、きれいな顔だちの青年…」とあります。当時「イケメン」という言葉が出回っていたとしても、著者はきっと使わなかったでしょう。きれいな言葉が構築されている小説です。「純文学」ってこういうもののことを言うのだろうなあと思いました。


「小さな家」

 ディズニー絵話

 たまたまバートンの「ちいさいおうち」を話題にあげたところ,Mちゃんから「それのディズニー版が大好きな絵本の一つだったけれど,今は手元にないから残念」と聞いて,ぜひともMちゃんに「カケハシ」で再び手に取ってもらいたいなと思いました。

 図書館の書庫にあったこの本は,だいぶ痛んでいましたが,鮮やかな色はあせず,同席していたYちゃんも一緒になって「なつかしい!」と声を上げながらページをめくっていました。

 面白かったのは,前半の表情豊かな家やクレーン車の場面は二人とも覚えているのに,後半の画面に表情のあるものが少なくなってくるにつれて,物語の印象も薄くなるのか,結末がどうなったのかもあまり覚えていなかったことです。

 ディズニー絵話は他にも有名どころの「ダンボ」「バンビ」「白雪姫」などがあり,うちにも「101匹ワンちゃん」があったのを思い出しました。

 その中で「小さい家」は割とマイナーな話だと思うのですが,数ある話からそれを選んだMちゃんの親御さん,きっと何か意図があったのでしょうね。残念ながら,どうしてなのかを聞くすべはないのですが…。

 さて,今回の「カケハシ」で,Mちゃんの一番のお気に入りが「子ぐま物語」であることが判明!そして,これも図書館の書庫に眠っているようなので,機会があったらまたMちゃんに届けたいなと思います。

「小さな家」型の特製しおりをプレゼントしました。

 

「おんぶにだっこ」
  絵と文 さくらももこ

 今回は長年の友人にカケハシ本を届けました。この本には著者が2,3歳の頃の思い出が綴られているのですが,ちょうど友人のお子さんが2歳の誕生日を迎えたことと,小さいころの思い出を鮮明に覚えている友人と著者の感性が似ているなあと感じたことから,ぜひ読んでほしいと思ったからです。

 「魔の2歳児」を追いかけなくてはいけない忙しい日々の中,本を読んでとても丁寧な感想文を書いてくれました。

 感想文に興味がある方は,友人のブログ

「バルセロナ日記」http://ameblo.jp/brazodegitano/entry-11739154753.html

を是非お読みください。

 その中に「思い出が、本を読み進めて行くうちに次々と溢れ出て来て、筆者同様私も途中で胸が苦しくなることもありました。この本を書く作業はとても辛かったと思います。」とありました。

 きっと,感想文を書くことで,苦しさが少しは軽くなっっていると思いたいのですが,友人が,私が勝手にかけたかけ橋を渡ってきてくれた直後に,実際に会ってお茶でも飲みながらあれこれ話をしたかったなあと思いました。それこそが「カッテニカケハシ」の要の一つなのですから。

 友人は「とても共感できる本でこのタイミングに読んでよかった」と書いてくれましたが,私も,「カッテニカケハシ」をかける意味について考えさせられるよいきっかけになりました。

  題名にちなんだポーズで写真も撮ってくれた友よ,ありがとう!


特製しおり「リバーシブルおんぶにだっこ」をプレゼントしました。

 「こびととゆうびんやさん」

   みよしせきや 絵と文

 ある外国人アーティストの「本を作って図書館をつくろう」というワークショップに参加し,通訳&アシスタントをされていた彼女と出会いました。

 「好きな本ベストワンは?」との彼女の問いかけに,「こびととゆうびんやさん」と答えた私は,この本を彼女にも是非読んでもらいたいなと思いました。 

 ワークショップでお忙しい中,絵本をじっくりと読んでくださった彼女に感謝です。「昔,おばに良く手紙を書いたことを思い出しました。今思い返すと,手紙を書くことによって自分の考えたことを自分なりに整理していたような気がします」と話してくださいました。

 このワークショップとの出会いは,「ホンノハシ」の活動の軸を決めるきっかけにもなり,彼女との会話をきっかけに「カッテニカケハシ」が生まれたといっても過言ではありません。

 「超芸術トマソン」

   赤瀬川源平 著

 その場に集まった人で即興で物語を作る「いちまいばなし」というワークショップ形態のアート活動を展開中の彼の活動を少しお手伝いさせてもらいました。

 「今後どう展開していけばよいのか,試行錯誤しているところ」という話を聞いた時に,この本が思い浮かびました。

 この本の面白いところは著者が街で見かけたものに名前を付け,分析研究をしているところだと思うのですが,彼のワークショップでできた即興話を彼自身が分析して話してくれるのがとても面白く,何か共通点があるように感じたのです。

 この本を彼に見せたところ,「僕もこの本大好きで,美術の道に進んだきっかけの一つでもあるのです」と言われて,びっくりしました。

 「カッテニカケハシ」…まんざらでもないかもしれません。

 生の空気が命のワークショップ「いちまいばなし」をしている時,彼の口からはその場のあらゆるものを拾い上げ,ぽんぽんと言葉が出て来ます。「ホンノハシ」はあらかじめ台本を準備しますが,この生の空気を大事にする姿勢はマネしたいものです。

 ワークショップは今後もあちらこちらで展開予定とのこと。私も時々「弟子」として参加することがあります。ご興味のある方は下記ブログをチェックしてみてください。

 佐藤悠ブログ「ゆうことはなし」http://yusatoblog.blogspot.jp/

カッテニカケハシでは,本をプレゼントしたいところなのですが,諸事情によりそれができないので,かわりに特製「しおり」を作ってプレゼントにすることにしました。

第一号は書名にちなんで,野球カード風です。